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故事来歴

小田原梅干は北條家が軍用として貯蔵
することを奨励したので、足柄地方
の家毎に必ずニ三株を栽培せしめた。

北條家の滅亡後領主は、稲葉、大久保
と代わっても士分の邸宅には必ず梅樹
を栽ゆると云う習慣は忘れられずに
近年にまで及んだのである。

参勤交代の西国諸侯が、小田原宿を
通過する毎に郷里の家苴として箇所
求めたのは小田原名産紫蘇巻梅干で
あった。

朝 未明に山を越す魅除の小田原提灯と山霧を避くる用心の小田原梅干は箱根山麓にはなくてはならぬ物であった。
小田原梅干の名を冠するに至った来歴は実に徳川幕府の旺盛期の頃からである。
北條家の遺風を回想すべきものは、僅かに紫蘇巻梅干位であって、それが上下の旅客に唱道さるることとなった。

限ある附近の梅樹のみでは、無限
の需要に応じられぬので文化文政
の頃、前川の一商人が甲斐奥羽の
産地に梅実の買出に行った。

近年に至りては駿遠地方から紀州
方面の産地にまでもその購買力を
及ぼし、前川村の製造業、山市、
山萬、丸長、丸イ、その他十数軒
により製造されて小田原市場に上
し、全国各地から集まった梅実が
小田原梅干の名を胃して再びその
生産地に錦を飾るのである。

前川村で製塩を業としていたのは永い歴を伝えていた。
近来は全く廃絶をしたが、此の副業の梅実、野菜の漬物業は長足の進歩を来し、旅客に供給していた梅干の如きは更に海外に向って
輸出するに至ったので米国及布哇の東洋人は何れも相州梅干によりて、身の異郷にあるを覚えぬとまで云っている。
前川塩蔵業者に一革命を与えたのみならず、小田原梅干の棹尾の名声を博したものである。

                          前羽村誌(大正15年1月1日発行)より抜粋


梅は中国の原産で、わが国には古代に中国から渡来したと言われているが、梅干はわが国の特産である。
酸味の食品として西洋にピクルス、中国に乾梅、白梅などがあるがいずれも梅干には及ばない。

東海道中膝栗毛で弥次郎兵衛が

    梅漬けの名物とてやとめ女
           口を酸くして旅人をよぶ

と詠んでいるが、名物も梅干となると、まず小田原と誰もが考える。

小田原で梅干が造られるようになったの
は北條氏以来のこと云われ、始めは軍用
に供するためであったが、徳川時代に入
ると、箱根越えの旅人が渇きをいやし、
弁当の腐敗を防ぐために使用するように
なり、雲助などは裸一貫の生活をしなが
らも梅干だけは欠かさなかったと云うし、
霧の多い山路では口に含んで息を吹き出
せば、霧が晴れて危難を免れるとも云わ
れたものだった。

小田原から国府津、二宮へかけて西湘一帯の海岸に塩田があったこと、小田原産の梅が肉厚く、核小さく、身ばなれのよかったことこともその発達を助けたが、二百余年ほど前に大久保氏が砂塵除けとして紫蘇を巻きはじめてから、小田原特有の紫蘇巻梅干ができあがった。

                                      小田原市誌より抜粋


国府津から二宮にかけた西湘一帯には漬物業者の老舗が多く存在する。
この地域は昔、塩田が栄え、その副業として漬物が盛んになったといわれ、明治27年には前川漬物組合(現在の湘南漬物工業組合)が組織されている。

小田原・前川(前羽村)の梅干は曽我
の梅を漬け込んだもので、北條氏以来
軍用に用いられ、徳川時代には参勤
交代の武士や箱根越えの旅人の土産
に、また、弁当などの腐敗防止用と
して重宝に使用された。
日清、日露戦争の際にも大量に軍納
され、旧満州の大連における日本軍の
伝染病流行時にその薬効により数百、
数千の命を救ったという記録もある。


                                   中南信金地場産業拝見より

 
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小粒で可愛らしい小梅はほとんどが漬物に加工されます。加工方法には二種類あり、カリカリとした歯ごたえの小梅漬と熟した実を塩漬けして干し上げた小梅干があります。
小梅干は和歌山県の南部でも大量に製造されていますが、小梅漬はもっぱら関東地区で製造されています。

小梅漬(カリカリ小梅)

 若もぎの青梅をその日のうちに塩漬けします。一度に大量の塩を加えると、脱水症状を起こしてしわしわになるので、1ヶ月位かけて少しづつ塩を加えていき、塩分20%位にして保存します。1年間に亘って製品に加工していきます。

小梅干

 適度に熟した小梅を収穫したその日のうちに塩漬けし、熟成させてから梅雨が明ける頃に三日三晩の天日干しをします。塩漬けして天日干ししたものは、24%位の塩分になり年間保存できます。

神奈川で加工される小梅の産地

 山梨は盆地の地形が小梅の栽培に最適で、西側と東側にそれぞれ一大産地があります。
 長野は北信を除く各地で栽培されてはいますが、南信の伊奈地方が圧倒的に多く産地の中心になっています。

小梅の品種

 山梨が甲州小梅、長野が竜峡小梅で、どちらも玉揃いがよく種が小さく果肉が厚い品種ですが、歯ごたえは微妙に違います。

小梅の収穫時期

 5月中旬〜6月中旬 産地によって、商品によって収穫時期が変わります。

小梅の調味加工

 脱 塩  水さらしをして塩分を下げます。
 調 味  製品毎にそれぞれの調味料で再び漬け込みます。
 包 装  小梅漬は漬け液をきって、小梅干は再度軽く干し上げてからパックします。

 
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祝いの席で桜湯や昆布茶が出るのはなぜ?

結納や結婚式などの慶事では、よく桜湯(花湯、桜茶)や昆布茶が用いられます。
煎茶などのお茶を使わないのは、「お茶を濁す」「茶番」「茶々を入れる」といった言葉に通じるとされるためで、華やかな桜湯や、「喜ぶ」に通じる昆布茶が最適とされます。

中でも、桜はおめでたいものの象徴ともされますが、江戸時代の始め頃までは、逆に縁起が悪いものとされ、桜湯どころか桜の季節に結婚式をあげること自体が避けられる場合もあったそうです。

それは、桜は咲いたらすぐ散ってしまう「散り急ぐ」ことや、散った花がすぐ色褪せてしまうことを「心変わり」ととらえたからなんだとか。

まったく逆に移り変わってしまうなんて、面白いですね。

桜の花や葉の塩漬はどんな種類の桜なの?

花を見るだけではなく、桜餅や桜湯などの食用にもされる桜。

まず桜の葉の塩潰けは、産毛も少なく柔らかで食べやすい、大島桜の若葉が主に使われます。
葉を収穫するために栽培される桜は、一般に見られるような背丈の高い木ではなく、収穫しやすいよう人の背丈ほどで栽培されているんだとか。
桜の葉独特の甘い香りは、クマリンという香り成分で、塩漬けにすることで発生し、それに伴って抗菌作用も生まれるんだそうです。

花漬けは、発色や香りがよく、形もしっかりしている八童桜が最適とされ、特に関山という品種が多く使われています。
八分咲きのところを摘み取り、加工されます。

桜の葉と花、食すのに最適なのは別の品種だったんですね。

 
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 ■紫蘇(しそ)の歴史・由来

中国南部から、ミャンマー、ヒマラヤにかけてが原産で、広くアジアの温帯地域に分布しています。
日本へは非常に古くに渡来し、各地に自生していました。各地の縄文時代の遺跡からしその種実の出土例があります。
平安時代にはすでに香辛野菜として栽培が始まっていました。


 ■紫蘇(しそ)の豆知識

 ●しその名前の由来

中国、三国時代に一人の少年が蟹をむさぼり食べてひどい食中毒になりました。
そこで旅の名医が置いて行った葉を与えたところ命が蘇ったそうです。
その葉を「紫蘇」(しそ)と名付け、以来、魚や蟹の毒を消すものとして重用されるようになりました。

 ●梅干しはなぜ赤くなる?

赤じその赤い色素はシソニンと呼ぼれていますが、このシソニンは酸と反応して赤色に発色する性質があり、これをうまく利用したのが梅干しです。
梅干しにはクエン酸が大量に含まれていて、このクエン酸とシソニンが反応し合って美しい赤い色になるのです。

 ●ゆかリ

梅干しといっしょに漬けるか、塩漬けにした赤じその葉を乾燥させ、細かく刻んで粉末にあいたものです。
語源は、しその色の紫色を「縁(ゆかり)の色」と呼んだことに由来します。
古今集に「紫の一本ゆゑに武蔵野の草は皆がらあはれぞと見る」という読み人知らずの歌があり、この歌から紫色は「縁の色」と言われるよっになったそうです。


 ■紫蘇(しそ)の栄養・効能

しそは、赤いアントシアン系色素(シソニン)の有る無しによって、赤じそ系と青じそ系に分けられますが、カロチンが赤じそに少ないほかは、青じそと赤じその成分は似ています。
栄養価が高いのは青じそ、薬効があるのは逆に赤じその方だと言われています。
ビタミン類、ミネラル類を多く含み、香り成分との相乗効果で古くから薬用として広く用いられてきました。
βカロチンが大量に含まれるほか、ビタミンB群のうちB1,B2,B6、ビタミンC,E,Kも多く、ナイアシンも含みます。
カルシウムが豊富なほか、鉄、カリウム、マグネシウム、亜鉛なども豊富。人体に必要な成分がほとんど含まれていると言っても過言ではないでしょう。
従来よリよく知られている殺菌、防腐作用のほか、異常に働いていた免疫カを正常にもどす働きがあることが最近の研究によりわかってきて、アレルギー抑制効果が期待できるとされています。


 ●アレルギー抑制

しそには、体内でEPAに変化するαーリノレン酸が含まれています。
EPAには免疫を正常にするはたらきがあり、アトピー性皮膚炎、花粉症などのアレルギー症状を緩和してくれる効果があリます。

 ●殺菌効果と食欲増進

しその独特の香り成分は、ペリルアルデヒドやリモネン、ピネンなどです。
なかでも成分の半分以上を占めるペリルアルデヒドはシソアルデヒドとも呼ばれ、強い抗菌作用・防腐効果があります。
刺身のつまや料理のあしらい、薬味に欠かせないのはこのためです。
食中毒を予防するほか、消化酵素の分泌を促し、倉欲を増進させて胃の調子を整える作用もあります。

 ●ガンの抑制

青じそにはβカロチンが豊富に含まれ、その量は野菜の中でもトップクラスで、にんじんとほぼ同程度、かぼちゃの10倍以上もあります。
同カロチンは体内でビタミンAに変わり、視賞、聴賞、粘膜や皮膚を保護し、抵抗カも強くする働きがあります。
抗酸化作用もあリ癌予防や老化予防に効果の高い栄養成分です。
しそにはビタミンCも豊富で、ビタミンCにもガン予防作用があります。

 ●貧血予防

しそは鉄が多く、また鉄の吸収を助けるビタミンCも多く含むことから、貧血予防に有効です。

 
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漬物というとすぐ塩分のとりすぎと関連づけますが、一夜漬けや酢漬けのように、塩分の少ないものがあります。

生野菜は栄養や風味をそのまま食べることが出来ますが、生では食べにくい野菜もあり、量を食べる事が出来ません。

このような野菜を一晩糠や塩に漬け込むことにより、塩味や風味も程よくなり、野菜の栄養分もあまり損なわず、これほど健康的な食品はありません。

 
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キムチというのは韓国の漬物の総称です。でも何といっても、その代表は白菜キムチです。

最近の韓国ブームでキムチの消費量は増大しております。

白菜キムチは塩漬けした白菜に、唐辛子やにんにくなどの基本薬味や、うまみ成分の塩辛や果物を加え好みの味を出します。

キムチには、各種ビタミンや、発酵過程で生まれる乳酸菌などの健康パワーがあり、又唐辛子に含まれる辛味成分カプサイシンが代謝機能を高め、脂肪の蓄積を防ぎます。キムチこそ健康の源と言えるのです。

キムチは捨てるところがありません、漬け込んであるたれを、キムチチゲのスープに加えたり、少し酸味の出たキムチは、チャーハンなど熱を加える料理に使うと、マイルドな味になり美味しくいただけます。

 
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ラッキョウは学名をアリウムチャイニーズと言い、中国およびヒマラヤ地方が原産のユリ科の多年草で、植物学上ではアリウム属のネギ類に分類されます。

ラッキョウは夏から秋に鱗茎(球根)を植えると、晩秋の頃に紅紫色のピンクがかったかわいい花をつけ、春に鱗茎からやわらかで青緑色の葉が茂り、新しい鱗茎ができます。

鱗茎は白い色をしていて形がユリ根に似ていますが、強い匂いと辛みを持っています。

おそらく紀元前から栽培されていたと見られており、日本への渡来時期については不明ですが、徳川時代にはすでに全国各地で栽培されています。

「牧野新日本植物図鑑」によれば、ラッキョウの名は辣韮の音読みがなまったものだそうで、とくに砂地を好み、海岸線や砂の多いところで盛んに栽培されています。

古典に登場するラッキョウ

二世紀ごろ書かれた漢方医学の古典である「金匱要略」という書物に、括呂薤白白酒湯、括呂薤白半夏湯(乾燥させたラッキョウの漢方薬名が薤白)という処方が載っていますし、中国古代の自然地理書である「山海経」にもラッキョウの記述が載っています。

明時代の薬学書の「本草網目」には、「掘った鱗茎地下茎を火にくべて食べるので世俗では火葱と呼んでいる」と載っています。

「延喜式」(九二七年にまとめられた平安時代の宮中儀式や諸国の恒例などを記した律令の施行細則)には、典薬寮(宮中の医薬などをつかさどった役所)の元日御薬の中にラッキョウの漢名が出てきますし、ラッキョウが寝汗を治す薬として使われたことが書かれています。

平安時代の漢和辞典である
「新撰字鏡」にはナメミラという名で、「和名類聚抄」にはオホミラという名で、ラッキョウが登場しています。

江戸時代に小野蘭山が書いた「本草網目啓蒙」には「筑前(福岡県)では乾かして皮を取り、酒醋醤油(醋は酢のこと)の濃い煎じ汁に漬けて 密封後二ヵ月たったものをランキョウという」とあり、「薩州(鹿児島県)では酢砂糖を煮て、その汁に漬け一年後に酒のさかなにする」とあります。

江戸初期に宮崎安貞が著した「農業全書」には、ラッキョウの薬効について、「人を補い温め、また学問する人が食べれば、神に通じ魂魄(たましい)を安ずる」と書かれています。

また、「愚雑爼」という本には「腹痛がひどくてどうしても治らず、日数がたって手のほどこしようがなく、医師も手をこまねいたときに薤白湯(ラッキョウを煎じた汁)を飲んで疼痛(うずくような痛み)が治った人があった」と書かれています。

寺島良安という医師が著した「和漢三才図絵」には、やけどのぬり薬や婦人病の治療に使われたと載っています。

ラッキョウの多彩な薬効

江戸時代には、野菜として広く栽培され、酢漬けや塩漬けのラッキョウが各地に広まっていて、一般に食べられだしたようですし、一方では民間薬としても珍重されて、いろいろな使い方がなされました。

たとえば、虫刺されや切り傷にラッキョウをすりおろしてぬる、のどが腫れて痛むときはラッキョウを酢といっしょにつきつぶして貼ったりしたようです。

ラッキョウは、ズキズキとする胸の痛みや胸が締めつけられるような症状に大変効果のある食品です。
酢漬けでも塩漬けでも狭心症発作の予防に効果があります。
ラッキョウのこのような薬効を漢方では、「行気止痛」といいます。
これは体内をめぐる生命エネルギーの流れをよくして痛みを止める働きをし、狭心症、肋間神経痛で胸や 背中が刺すような痛みのするときなどに効果を発揮します。

ラッキョウを常食すると、発作をすぐにしずめるというような即効性はありませんが、狭心症の人の心臓を取り巻く冠状動脈を拡張し、ぜんそくの人は気管支のけいれんがしずまり、タンの切がよくなるという効果があります。

ラッキョウは胃腸の働きを助け、腹痛や下痢を止める作用もあります。
生のラッキョウをおかゆに入れて炊くと、下痢によく効くといわれていますが、緊張した,筋肉をやわらげ、胃の粘膜を丈夫にし、胃腸の働きが促進されて消化吸収活動が活発になると同時に、腹痛や下痢が止まってきます。
胃が冷えて、もたれるような症状にもよく効きます。

甘酢漬けのラッキョウには、酢と砂糖の薬効が加味されています。
酢には食欲を増進する作用や殺菌作用があり、砂糖にも神経をやすらかにする作用のあることが昔から知られています。
良質の酢には、カルシウム、ナトリウム、カリウムのほか、ビタミンBなどが多量に含まれています。
とくに、酢には炎症を鎮める作用があるため、ラッキョウとの相乗効果により、胃の不快症状の解消に高い効果を示します。

カレーのつけ合わせにラッキョウが出ますが、カレーに含まれる香辛料が慣れない人には強いので、ラッキョウによって、もたれや胃痞(胃の部分がかたくむすばれているような状態)を防ぐという意味があるのです。

 
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生姜(学名:Zingiber officinale)はショウガ科の多年草植物で、熱帯アジア・インドからマレーシアにかけての 南アジア原産と言われていますが、春秋戦国時代の文献に記載がみられることから中国とする見方もあり、野生種は発見されていないようです。

中国では孔子の時代(紀元前500年頃)の記録があり、日本へは聖武天皇時代の天平年間よりも前に中国 の呉の国(222〜280)から渡来したと言われ、古名を「クレノハジカミ」と言いますが、古事記では「山椒」を「波志加美:ハジカミ」と称していたようで、 その風味が似ていることから「ハジカミ」と呼ばれるようになったと思われます。

2千年前からインドで「万能薬」として使われ
ていたことが医学書に記載されていますし、
中国でも同時代の医学書に漢方薬として薬
効が重用されたと記述があり、日本に渡来し
たときも薬用とされていました。

『魏志倭人伝』に、倭の山にあるものとして、
「薑(キョウ)・橘(キツ)・椒(ショウ)・茗荷(ジ
ョウカ)あるも、以て滋味と為すを知らず」と
記されていますが、薑は姜のことです。
『神農本草経』の中品(ちゅうぼん)にも「乾薑」
という記載がありますが、当時は薑(きょう)
或いは生姜(しょうきょう)と呼ばれていました。

また、平安朝時代に栽培されていたことは『延喜式』に記されていますが、「しょうが」と呼ばれるようになったのは室町時代頃からで、西暦10世紀頃には大規模な栽培が行われるようになりましたが、まだ食用とするよりは、薬で使っていたようです。
江戸時代には若い芽をつまみにしたりして、現在のように食用としたようです。

紀元前にヨーロッパに伝わったようで、西暦1世紀のころから薬用として知られており、西暦2世紀にはアラビア人によってギリシアやローマへ伝わっていき、ローマ帝国では関税の対象となりました。

その後、香辛料としての利用が広まり、13〜14世紀には一般的となりましたが、ヨーロッパでの栽培はほとんどありません。
16世紀の初めにはスペイン人がジャマイカに移植し、ヨーロッパやアメリカなどに大量に輸出されるまでになりました。

19世紀末期、イギリスの居酒屋で粉末にしたしょうがを入れたビールを飲ませるようになりましたが、これがジンジャーエールの起原となりました。
インドでは、ミルクティーにシナモンや生姜汁を入れたチャイが有名です。
生姜の種類

日本で栽培されている生姜の品種は大別して大しょうが、中太しょうが、小しょうがの3種類に分類されます。
漬物や菓子用に使われる大しょうがは生育旺盛で大株となり、地下茎の瘤の肥大も良く、収量もあがります。

中太しょうがは大しょうがと比べると地下茎の瘤が少し小さめで、辛味も強く、繊維質が早く形成され硬くなりますので、佃煮や魚の加工食品などに使われます。
小しょうがは地下茎の瘤が相当小さく辛味生成が早いので、今は早掘りして葉しょうがにするのが一般的です。


生姜の呼び名』

根しょうが
「新しょうが」は、収穫したばかりですぐに出荷する生姜で、歯切れがよく、香気があって辛味が強くないので、甘酢生姜や紅生姜、味噌漬、粕漬、砂糖漬などにしますし、精進揚げにしたりもします。

「老成(ひね)しょうが」(古しょうが)は種子にする生姜や、貯蔵して翌年出回る生姜で、辛味が強く、細かく刻んだりすりおろしたりして、料理の薬味に、魚や肉、レバーなどの臭み消しに、また、酸化防止の働きがあるので、中華料理では味と香りをだすだけでなく油の酸化を防ぐために生姜を入れます。
クッキーなどのお菓子類でも同様の効果がありますし、甘酒に入れられたりもします。

筆しょうが
「芽しょうが」とも呼ばれており、太陽光線をさえぎって栽培し、茎が15cmくらいになったら日光を当て、葉が開き始めたら収穫するもので、刺身や焼き魚のツマや漬物に利用します。

葉しょうが
小指大くらいになった新しょうがの葉をつけたままのもので、甘味噌をつけて食べます。

生姜の働き

生姜は非常に高い抗酸化作用をもっているといわれ、身体の活性酸素を消去し、老化防止、ガンの予防に効果的に働きかけることがわかっています。

また、生姜を噛むとどんな薬よりも乗り物酔いに効くと言われますし、豚肉の生姜焼きに代表されるように肉を柔らかくする作用や、魚・肉の臭みを消す作用があります。

特にジャポニカ種の生姜に含まれるアントシアニンはポリフェノールの一種で、抗酸化作用があり、抗ガン作用があると言われますし、血液をサラサラ状態にする効果があります。

生姜の薬効

生姜には、ビタミンB1、B2、Cなどが微量に含まれる程度で、栄養成分はそれほど多くありませんが、生姜に含まれる辛味成分のジンゲロン(ジンゲロール)・ショウガオールは胃液の分泌を促して、消化吸収・食欲増進などに効果がありますし、血管を拡張させて血液の循環を良くしますので
内臓全体の働きを活発にしますし、冷え性を防ぐことが出来ます。

特にジンゲロンには強い殺菌力があるので、魚や肉の臭みの成分と結合して臭いを消す作用がありますし、食中毒の原因である魚に寄生するアニサキス等を死滅させる事が出来るほか、腸チフス・コレラ菌に対する抵抗力が増すことも知られています。

お寿司と一緒にガリを食べる習慣があるのは先人の知恵なのです。

芳香成分はシネオール、ジンギロール、ジンギベレンなどの精油成分によるもので、疲労回復・夏バテ解消に役立ち、健胃作用、解毒作用、消臭作用があります。
また、発汗解熱、咳止め、消炎、保温作用などがあり、のどが痛む、痰が出る、食欲が無くなる、寒けがするといった風邪の初期症状に効果があります。

 
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小田原名産「糀入りいかの塩辛」は、江戸享保年間に美濃屋吉兵衛商店の五代目が考案したと伝えられています。

美濃屋吉兵衛商店の伝承によると、ある年、小田原沖でいかが大量に獲れ、困った地元の漁師に泣きつかれた吉兵衛さんはこれを全部買い取ってあげました。

しかし、大量のいかの処分に困り、とりあえず樽に入れて塩漬けにしておいたのですが、後日取り出して食べてみたところ、とても塩辛くて食べられません。

半分自棄ぎみに、塩辛いのなら糀を入れて甘くしたらどうだと糀を混ぜ込んでおいてみました。

しばらくして樽を開けたところ、糀が醗酵してとてもマイルドな味に生まれ変わっていました。

試しにと店頭にならべて販売したところ、これが飛ぶように売れました。

こうした半ば偶然に出来上がった「糀入りいかの塩辛」は、その後、小田原地域の他の漬物屋さんも作り始め、一躍当地の名物となりました。

 
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その昔、あるお殿様が酒盗を召し上がられて「酒を盗んでも食べたくなる味だ」とおっしゃったことから、酒盗と呼ばれるようになったと言われています。

そんな酒盗の中でもっともポピュラーなのが、鰹の酒盗です。
その名前のとおり、酒の肴としてはもちろんのこと、ごはんのお供としても美味しいし、お料理の隠し味としても使えます。


余すところなく魚を味わう先達の知恵

酒盗は、魚を余すところなく使い切る先達の知恵のひとつです。

魚の身を使った後に残ってしまう内臓の部分、これを捨てるのはもったいないから何か方法はないかと考えて編み出されたものの中に酒盗があります。

かつをの酒盗は、かつをの胃と腸だけを選別、塩漬けにしてじっくり熟成させたものです。 
熟成することにより、発酵の力を借りて旨味が増してくるのです。酒の肴にオススメです。

 

酒の肴だけではない酒盗の味わい方


酒盗という名前がついていることからどうしても酒の肴というイメージが先行しがちですが、それ以外の食べ方もあります。

一番手軽なのが、そのままご飯にのせて食べます。

温かいご飯にのせるだけですが、塩気と豊かな旨味がある酒盗がご飯とマッチして食が進みます。

ごま、ゆず、ねぎなどをふると一層味が引き立ちます。

また、マヨネーズを少し添えてたり、豆腐やカマンベールチーズにのせても大変おいしいです。

料理の隠し味として調味料のように使用すると料理の旨味とコクがグンと豊かになります。

 
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金山寺味噌について


原料小麦に菌を加えて、製麹することから「金山寺味噌」の製造が始まります。

麹は常に発酵している生き物で、大事なのは最良の環境で成育させることです。

原料もろみの味を守るのに最も大切なことは、温度と水の管理ですが、日々の状態を見て調整する熟練した杜氏の「技」が作り出す作品なのです。

じっくりと熟成させたもろみに、茄子、胡瓜などを加え、味わい深い「金山寺味噌」が仕上がります。

 
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ほととぎす巻はピーナッツの粉、砂糖、辛子粉、白胡麻を主原料として
水あめで混ぜ込み、梅酢と塩で漬けた赤紫蘇の葉で巻いた特産品。

小田原市の椎野食品工業所の三代目、椎野安次郎氏が考案したもので、
100年以上前から人々に愛されてきた小田原名産の珍味です。
県を代表する「かながわの名産100選」にも選ばれています。

少し変わったネーミングは、食べた時に、その辛さに思わず発した声が、
ほととぎすの鳴き声のようだったことから、「ほととぎす巻」という名が
付いたそうです。

最初は酸味、続いて甘味、後から辛子のツーンとくる刺激と辛さがやって
きます。決して激辛ではなく、甘くて辛くて後をひく味。
酒の肴やご飯のお供としてはもちろん、お茶請けにもピッタリです。

 
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